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鳴かぬなら殺してしまえ人生の折り返し地点。( ゚д゚)y-~

                    2016年09月03日
俺は幼少の頃から多くの方々の晩年でのビハインドを目にした。

この経済環境に身を置くという事が何を意味しているのかを他人の姿から学んだような気がしてならない節がある。


人は意外にも無神経にこんな事を平気で言うの。
『人生はお金だけじゃない。』ってね。


確かに一理あるんだけど、その倫理観による一言で片付けるにはとても軽いものではないと俺は考える。


それじゃ一体何を指針にして人生を考えれば良いのか?…って言うともう1つ2つ程最低限度の自戒を付けると話がシンプルになるはずなの。

俺はその条件に『自己責任』を追加するべきだと半生を経過して身に染みた。

それは何故だろうか?

人間って脆弱化していくとどんな聖人君子でさえも心が蝕まれていくものなの。
それは偏に自己責任を持ちたがらない心の態度がモロに人生のテーマになっていくから。


リアルな事例を挙げておこう。 俺が実際に目の当たりにした事例。
その特徴が顕著に現れるキーワードが『自由に生きる』というモットーを掲げ易い性格にある。
幼少の頃よりこのキーワードを口にする際には2通りの傾向に分かれる。

1つは[ その責任を完全に取れるようにロングスパンで行動を取る ]タイプ。

もう1つは[ その場しのぎの言い訳を多様したり、浅はかなサル知恵を振りかざす行動を取る ]だ。

前者は基本的に[ 我慢 ]を武器に現在が未来に繋がると考え、後者は後先を無視してその場限りの[ 怠惰 ]に流される。

コレは躾けの話ではない事を再度忠告して話を進めるよ。
耳をかっ穿って聴かなければならない。


少し辛い事を振り返る。
私の周囲は基本的に人生に対して後者達の巣窟で構成されていた事が反面教師にもなっている。

特に[ 経済面 ]・[ アルコール ]・[ 人間関係 ]を構成する核を形成する部分にこの後者で構成すると途端に外の世界に振り回される。

しかも死ぬまでだ。

アレのせい…
あいつのせい…
コレがそうだから…
スカッとしたい…
メンドクセー…

特に義務教育を終了した状態で自我に振り回されている輩を見ると心が痛くてたまらなくなる。

選択肢を増やしたいのなら[ 実力をつける ]事は人生には特に有効だ。

それを一時の感情や堕落で人生の前半に費やすと後半の選択肢が鬼のように激減してしまう。

人生の後半とは何なのか?


それは自由が利かなくなる事だ。
人生経験も増え、ビジョンが増しあらゆる面で多くの生き方を目の当たりにする様になると世界の広さに経験したい事も増える。

実はコレが[ 人生を創造する楽しみ ]と[ 人生の制限に飲まれる ]決定的な分岐を迫られる。

例えば人生を80歳と過程しよう。
約40年も生きれば[ 人生の半分 ]と簡単に思うだろう。
実はコレが大きな間違い。

上記の自由が利かなくなる。…というのは以下の事も考慮しなくてはならない。
体の自由を徐々に奪われる。
人は必ず老いる。

そのビハインドを背負いながらの感覚は前半では味わえない。
そして気付かない。

どれ程大変だろうか?
倫理でシルバーシートを譲るが実際に身体が御老体に貸せるなら貸して経験させてあげたい程だ。

若い方には想像出来ないだろうが自分の約8割の体重を追加で課し、スモークガラスのメガネをかけ、耳栓をして生活する感覚を想像して頂きたい。

本当に大変。
その状況下で[ 働かざるを得ない ]という恐怖を味わえるかな?

人生の半分というのは前半をもう一度経験するとは訳が違う。
この部分において若い子が権利主張を一端にほざいて結局、分が悪くなると保護者や自室に引き篭る。
挙句の果てにはその状況を保護者が容認する。

馬鹿げた話だ。

[ 自己責任 ]を教えていないとその先に何が待ち受けているのかは現代でのニュースで解るだろうに…その最終現場に行き着くまで先送りしてしまうのだ。


この際だから言っておくよ?
その最終現場とは[ 共倒れ ]だ。
老後破産というフレーズが昨今発生した。

その当事者達はどんなに倫理感に長けていても次第に心を蝕まれていく。
俺は自分の環境も含め、超が付くほどブラック企業の最前線や昔の日雇労働者の末路を目の前で見てきたんだよ。

だから若い子には徹底した指導を叩き込む。
教えは財産だから。


ココまではダークな面を話したが[ 自己責任 ]やソレを回避する[ 実力 ]を付けられた人達には人生と言う名の[ 創造(クリエイト)ゲーム ]の楽しみを得る権利が与えられる。

この能力が付くと後半のビハインドが180度反転してある種の価値観が生まれるので非常に意味深い人生となる。

その価値観とは初めて本気で言える『人生はお金じゃない!』。

このレベルになると[ 時間 ]を最上のアイテムとして大事にする。

この意味が解るかな?

どんなに豊かになっても、ならなくても変わらないものであり、かけがえのないもの。それが[ 時間 ]なの。

それゆえ[ 選択肢 ]が多くある者とそれがない者は不思議なくらい相反する行動を取ってしまう。


その[ 選択肢 ]の豊かさの1つのカテゴリー(←手段や方法と考えて下さい)が[ 経済手段 ]。


少し具体性がある事を挙げておく。
[ 時間を得る為にお金を投資する ]
      or
[ お金を得る為に時間を削るか ]

[ 体の負荷を軽減する為に投資する ]
      or
[ 体のメンテ費用を得る為に働くか ]

[ 人生を楽しむ為に投資する ]
      or
[ メシを食う為に働くか ]

[ 残りの人生、死ぬまで楽しむ ]
      or
[ 残りの人生、死ぬまで薄給の為に働くか ]


非常に人生の分かれ道になる事が解るだろう。
そして俺が半分を経過して慌ててこの事業に参戦した理由が御理解できただろうか?[ 自己責任 ]を習得して行くと自然と悔いの無い人生を歩む傾向が強くなる。

[ 選択肢の多さ ]の大切さを知らない輩ほど『人生は金じゃない!』と聖人君子の様に軽んじる発言をする。

[ 選択肢の多さ ]の大切さを知っている輩ほど『人生は金じゃない!』と神色自若の様に実経験に裏打ちされた発言をする。

どちらも同じ言葉だ。
でも重みが違うし内容に関しては全く違う。

それを全く見抜けない若い子や学生を見ると…ねえ…
そんな意味でタイトルにも起用した。
そんでもって書き殴ってみたんだわ。
                ( ゚д゚)y-~


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