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メンドクサがりのクソ人生に終止符を!

同じ積み重ねでも質が違う仕事で人生がガラリと変わる。

                    2016年11月14日
俺が結果や成果に拘るのは今までの行き方がモロに影響している。

実際に綺麗事は腐るほど聴いた。

でもその実践者の大半が俺の目からみると[ 自分の叶わぬ想いから別の解釈をして誤魔化して逃げているに過ぎなかった事実 ]が殆どだった。

事実、俺がそれに気付き会社組織を抜けて独立した時に少数派の側に立ってみた事で大きな逆風にブチ当たりガチで[ 世間体 ]というブリザードを体験した。

確かに半年間ほどメンタルダメージ回復に時間が掛かったが結局の所、諦められない本心の部分に触れた事が大半の人との大きな違いに成果を構築する上で最も異なる特徴に行き着いた。

試行錯誤の連続…
ビジネスの特徴を考える…
人生の戦術…
日々の多大な問題発生…
尽きない苦悩…

これらから逃げるのは非常に容易い。
だが根本的な原因追求をせずして自由を得られるワケもなく、結果的に厳しい人生を余儀無くされる。

人は習慣の生き物…何を知り→何を考え→どのような行動を選択するかで結果がまるで違ってくる。

同じ人生を歩んでも自分の取っている行動の行き先を知っている者と知らない者、そしてそれを知ろうとしない者は全てにおいてリスクの軽減手段の取り方が全くといって良いほど変わって来る。

そこから目を背けるという行動は最終的に貴重な人生と言う寿命を他人に捧げるという行為に行き着く結果となる。

少し現実的な話に変えていくから コレを期に自分の仕事がどのような 質を含んでいるか考えてみよう。
実際に俺が12年勤めた最初のリーマン時代にガチで体験した事を話してみるよ…シッカリと聴いてや。

基本、負けず嫌いの俺は会社でも異質なタイプで他人の仕事や外注の仕事を取り込んでいくタイプだった。

確かに入社して1〜2年はやる気が全く起きなかった。
それは学生アルバイトで夏休みに昼夜問わず肉体労働をして当時の最高月収が32万円を稼いだのが災いしたからだ。

だって入社して最初の初任給が4万円(コレは研修期間〜月末までの期間が短かった為)で翌月の月収が何と9万8千円だった事にショックを受けた事が起因している。

その為、関連記事[ アフィリエイトサイトは放置型の無不動産経営のようなもの。 ]にも記載したが1年間独立の為に試行錯誤をしたんだよ…このままじゃアカンと思って。

でも結局、最初にとった行動は不発に終わる。
当時は結構ショックで一時は人生を会社で費やそうと諦めかけたんだわ。

その時に最初の1年目の昇給は一律、3000円のベースUPだったんだが2年目の昇給が8000円だったと思う。

その時だ…定年間際のジジイ共が俺に冗談交じりの言葉を言ったのがキッカケで仕事に火が付いた。

今でも記憶にこびりついている。
『お前らはエエのォ…ワシなんか入社して数年間は昇給が2〜300円だったんじゃぞ。』と俺はガチでキレた。

『バカ言うな!いつの時代だ?当時の物価と今の物価がどれほど違うんだうよ!』って感じで言ったわ。
班の人間は騒然として先輩が止めに入ってくれた事があった。

俺にとってジジイ共は全く仕事をしないしヤル気もない社蓄に映っていた。
事実、文句ばかり言って仕事をする意欲も姿勢もないのに横柄な態度が気に入らなかった。

2年の間に俺達若手は単能職→多能職へと生産体制が変化して行く中でも全くそれに付いて行こうとしない連中だったからだ。

その後、班長から
『気持ちは解るがココは組織だから我慢しろ。』と諭されるが納得行かず腹いせに仕事に没頭する移行となる。

そこで外注依頼や生産が追い付かない班の加工を自分のラインで賄う事を率先した上で定時帰りという異質な手段を取った。

理由は至極簡単。
単なる負けず嫌いからの行動。
当然ジジイ共から
『定時帰りか〜余裕があるのォ』と言われるが俺は冷静に厳しい一言を告げる。

『意味が解りません。他の仕事を数人分取り込んで片付けたのですから文句を言われる筋合いも無いですよ。アンタ達みたいにチンタラやって残業代を稼ぐのが正論なら俺のやっている事は間違っているんですかね?』…と。

コレくらいキツイ態度を取っていた。
直属の上司は絶句していたが反面、一番言い難い事をストレートに代弁した俺の評価が上がった結果、昇給ランクは10年間同期でもトップクラスだった。

当然、一部の頑張っている若手や先輩からは慕われたが無能ジジイ共からは顕著に嫌われた。

気付いたら10年間の間に加工ラインから組み立てまでの生産を巡業し管理職補佐になって他人を管理する側になっていた。

これが地獄の始まり。

当時、やも得ず色々とやっていたらピーク時で残業が200時間/月を越えていた事に気付いた。
給料も倍以上になり、仕事の疲れより振り込まれる給料の数字に人生の生きがいと興奮を覚えていた。

[ 金の為なら魂売るぜ!]を自主テーマに頑張っていたが景気がギャップダウンし会社から『これから残業代は出ません!』との御達しで一気に冷める事になる。

気付いたら周囲は既に指揮が下がっていた。
そりゃそうだろう…対価も得られず馬車馬の如く仕事を俺から求められるスタイルについて行けない現状がそこにはあったのだから。

しかも定年退職が55歳に引き下げられた事で自体は悪化の一途。

その時の通達役は俺だった。
かなり恨み辛みを買わされた結果になった。

会社の為に遮二無二働いたツケが俺に圧し掛かる。
しかも自分の事ならいざ知らず、他人の憎しみの捌け口までもが俺に降りかかってくるのだ。

会社側は都合の良い[ 矢面 ]を俺に被せていた事にココで始めて気が付いた。

会社組織において成果は積み上げ式では無い事が始めて解った瞬間だった。
結局、残業代が出ない&当時の役職手当の手取りでは学生時代のアルバイト総支給を上回る事はなく撃沈する。

暫く数ヶ月は悶々とするが結局、独立の手段として代理店業種を選択し会社を退職する事にした。

ちなみに退職金は12年勤めて何と50万円!
俺の12年がたったの50万だとォ!
ふざけんな!(#゚Д゚) ゴルァ!!


ココで更に気付いた事は会社組織というものは如何なる人材も結局は使い捨てであると言う事と成果は積み上げ式にも成らんという事だった。

冷静に考えれば解るのだが会社を経営する側での役員は月に数時間出社しても収入になるが単なる社員では駒に過ぎない事を痛感する羽目になったわ。クソ…。orz

独立時代に体験した事。 それは自分が提供したサービスが 人を介するとボヤけて行く事だった。
意気揚々と自営を開始したが全く経験が無かった営業分野では事の他新鮮さが違っていた。

何も知らない事が逆に武器になり習得する楽しさと収入が比例して拡大する事に喜びを覚えるも、次第に他人が介入する事により組織がオカシな方法に向かって行く事に悩んだ。

前者の2年間は順調だが後者の2年間は沈没するタンカーに乗ってた気がしたわ。

人間は基本、良い方に流れて行く際には都合よく付いて来るが状況が悪化した途端に
自分の立場やメンタルを保護する為の[ 足の引っ張り合い ]には余念がない。

コレに関して一旦徒党を組まれると非常に厄介だ。
しかも、どんなに危険だと警告しても全く聴く耳を持たないのが保守的なメンタル弱者の特徴だと知った。

ココでも人という不確定要素が加わると本来の[ サービスの質 ]自体に全く関係ない[ 個人の意向や都合 ]が乗ってしまうという現象を痛感した。

関連記事[ 近年の情報は著しく進化した!その恩恵は凄いよ。 ]にも記載したが
[ オートメーションによるロボット化には経営者の意向を反映したサービスがダイレクトに市場へ反映されるという純粋な現象を表現し易い ]という事が心底納得出来た。

それだけ生産やサービス関連には従業員の意向が混じるというのは[ 不純物 ]でしかなく経営側にとっては邪魔な存在でしかないという事実が浮き彫りになる体験をした。

この経験は後にブラック就労時代に一番最悪な状況を目の当たりにした事で確信に変わった。

オマケに結局、最初の自営時代も御他聞に漏れず
[ 4年間の苦労も崩れたら何も残らなかった ]事実だけだった。
残ったのは挫折感とベッキリと折れた自信だけだった。orz

比較出来る経験が アフィリエイトビジネスの素晴らしさに 気付く事への橋掛かりとなった。
暫く心労と挫折感でまともに動く事が出来ず引き篭もりとなるが生きる為には金が必要になるも、ハロワに行く気力もなく人目に触れない業種を転々とする日々の中でアフィリエイトビジネスの存在を知る事となる。

面白い事に知れば知るほど[ 積み上げ式 ]の様な仕組みと、今までの組織での縛りから開放されるビジネスシステムという特色…スグに気付いた。

一つ難点があるとするならレバレッジが掛かるまでは地味でかなりの諸時間が掛かるという事。

そしてコレマタ俺には経験が全くないので独学コースになるという事だが、その時点でもう失うもの…というより選択肢が存在しなかったので取り組む一手となった。

ただ…嬉しかったのは本音で表現出来るビジネスがあった事が事の外、幸せに感じた。

確かに日々のブラック就労後…時間を毎日割いて、しかも週1日の休みすら返上してヒタスラにアフィリエイトサイトを構築した。

習慣化されていない状態で取り組むのには確かに骨が折れたし思うように成果は上がらんし、時給計算なんぞしようものなら今までの労働対価の方が幾分マシな感覚にも襲われたのは事実。

だが当時のブラック就労で時給計算をすると500円/hを切る勢いもあり自分の心の中で[ このまま行っても泥舟 ]と確信していたので恐怖心理も手伝って作業を淡々と仕上げて行った。

その時の状況は今でもシッカリと覚えているが[ 少しでも収入の足しに ]等とは一切考えていなかった。

それどころか
[ 絶対に人生を回復させる! ]という想いが常に先行していたのを覚えている。

結果…一般リーマンでの安月給クラスになった時点でブラック就労を辞めようとしたがホンの少し粘って方向を定めてから投資の方面と両輪で運行し、ある程度初歩的な軌道に乗ってから離脱した。

初めてココに着てからは[ 努力 ]とか[ 頑張り ]という世界観や価値観ともオサラバした次第だ。
マジで仕組みが出来てしまえばホンの少しの労力で上昇気流に乗れる事と今まで積み重ねた結果が自分を助けてくれるという現実を体験させてくれる。

結局の所、やるかやらないかに尽きる。 目先のメンドクサさに折れる人は 一生報われる事とは無縁になるという 事実のみを体験する。
今になって自分自身にも世間にも見返せられる形になったがある程度の満足感を得ると余り外の世界に干渉したがらなくなるんだよ。

まぁ…サイトでコンナ事を書くのは仕事の一環なので細かく言えば関わっていると言えばそーなるけど、俺としては検索エンジンの原理から言えば強制ではない点に魅力を感じるし、そうあるべきスタイルなの。

会社組織や集団組織では否応無しに情報を強制的に押し付けられる(例:上司の小言や説教、仕事や役割からの話等)が
インターネットの凄い所は興味が無ければ検索自体されない点に在るんだよ。

それもその筈…気に入らないページや情報なら右上の×をクリックすれば良いのだから。
基本的にインターネットは[ 娯楽 ]の部類にも[ 教育 ]の部類にも純粋な[ 興味 ]から成り立っているし、発信する側や提供する側の純粋なサービスの意向を伝え易い手段であり媒体。

そこさえ抑えていれば…マネタイズの学習とマーケティング学習、そしてアフィリエイトの学習をすれば事は足りるんだ。

そして今現在はプログラムという敷居の高い事を習得するのも一つの手段だがあるべき簡易ツール等(例:ホームページビルダーロリポップ! 等のレンタルサーバー&ワードプレス)の利用で多くのビジネスを展開出来る。

解らなければ検索で調べ、また実践を繰り返す事で実力が付くようになる。

俺はこの歳になって後輩や知人から羨ましがられるが実際の所、
[ やるか or やらないか ]に尽きると確信している。

関連記事の[ やりたいヤツはやればいい…やりたくないヤツはやらなくていい。(´・ω・`)y-~ ][ ググらず言い訳ばかりする大人達はそのまま生き地獄を味わい、どんどん窮地に追い込まれるしかない。 ]にも記載したが受身のスタイルでは人生は全く変化しない。

それどころか悪化の一途を体験するのが関の山だ。
しかも、場合によっては不平不満をデモ行進や論評に依存してしまう側にも回りかねない。
それだけ自己教育レベルで時代は変化しているのだ。

大人になって動ける時に教育を学ぶ事…そして構築すべき事を順次片付けていくという発想から→将来有意義で貴重な人生という時間と余裕ある経済力を表現する為にやるべき事から逃げる事はマジで頭がどうかしてると思えるのは上記の経験が教えてくれたからだ。

それをココでは伝えたい…それだけだ。
オッサンからの御節介だ。覚えとけ。(´・ω・`)y-~

ちなみに上記の情報に関する学びは個人の独学に通じる。
オススメの良書を紹介しておくから読むと良い。
アフィリエイトには必須書となるだろう。
今回は3冊後紹介する。

←個性を収入に変える生き方

←マネタイズに関する基本的な考え

←基本的なマーケティングを学べる

どれもアフィリエイト初心者には打ってつけの良書だ。
これらに関してはアドセンスから成果報酬型までの幅広い範囲での[ 積み重ね式 ]には非常に適している考えだ。

短期型のブラック手段よりは長期的なホワイトに拘る理由は今回上記で書いた内容に基く。
安易なブラック手法は麻薬のようなもので最終的には何も残らない結果になりやすい。
そこを強く伝えておく。

まずは知る事から…そして実践すべし!(`・ω・´)d


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