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文春のあり方と介護側の苦悩と人生の引き際と…

コレばかりは体験した者でないと解らん部分がある。

                    2018年01月20日


時事ネタ:○ 小室哲哉 引退

全く以って文春とメディアと大衆心理に惑わされる人が多過ぎ。
バカすぎる。(#゚д゚) 、ペッ

実際はもっとシンプルなのにな。
介護している側から〜される側…そして周囲の目や状況に関して見れば単なる復讐心の連鎖や心労の連鎖が結果として現れているだけに過ぎないのにイチイチネタ不足のメディアが群がるからワケが分からなくなる。

また、それが察し出来ないバカな大衆心理が拍車を掛けるから手に負えないでござるよ。(´・_・`) =3

ポイントは幾つかあるが先ず文春の部分から。
当初の文春って社会的マイノリティ系意見を代弁して発刊されていたんだが情報過多の現代では『それでは喰って行けない』という背景から次第にゴシップへと変化して逝った御様子。

確かに発刊部数=利益となるリアル雑誌とか、次第にデジタル化に向かう風潮でアクセスは重要な収益に繋がるファクターであるのは誰もが認める部分でもある。

一度、この手のバズりを体験するともう麻薬のような感覚に襲われるのはアフィリエイター達やブログ系アクセスジャンキーであれば一度は体験しているだろう。

だから実際の所、メディアが批判すればするほど文春は喜ぶというおかしな現象が起こる。

コレは世に言う[ 炎上マーケティング ]という手法。
人間は感情の生き物であることから大衆心理を利用したマーケティングは様々であるが善悪を除けばコレほど結果に貪欲で倫理を無視した結果主義のマーケティングは無い。

だから怨恨や復讐心理を煽るというのは非常にピンキリな世界でもある。

その扱う人間が如何に[ 稚拙 ]であろうと[ 策略的 ]であろうと大衆心理の感情を逆撫でしたり共感したりする時点でイキナリ結果として跳ね返って来るのが実状だ。

人はそれなりに大義名分や理由付け…そして理由を飛び越えて価値観や衝動に結びつくと単純に反応する部分がある。

それが現代の情報共有が匿名という発信のしやすさから、お手軽にその参加を容易にさせる結果…速攻でムーブメントが起こる。

結局[ 誰が利益の恩恵を受けているのか?]という事さえ気付かずに[ 参加する悦(実は不平不満の捌け口でもある)]に人々は酔いしれる。

手練のアフィリエイター達はこれを職業としているので冷静に見ている人は結構いるんだな…コレが。
多分…大物政治家達とかは同じ視野で観てるんじゃないかな?

韓国の政治や情勢はコレに拍車が掛かっているから一旦世論の流れに惰性が付いたら司法でも簡単に判決が流れる傾向が強いから冷静に客観視する目を現代では養う必要性がある。

その意味では日本の司法というのは割と冷静なのが救いでござるよ。

そして小室氏…。
発端であり引き金にもなった投資での失敗。
コレが本来の在り方を迷わせた。

人間…特に男性にはアリがちなミスで本能欲求でもある[ 承認系欲求 ]をバブル時期には業者が煽る傾向が強かった。

割と話に出て来る銀行や投資系証券業者の営業マンからは不思議と『先生!』ってフレーズに心地良く煽られる現象があった。

だからバブル崩壊した後に[ 手のひら返し ]を喰らって人間不信になった実業家や、芸能人もいたんだろうな。

↑アボーンされたてたら[ Abema TV ]検索で[ 創業バカ一代 南原竜樹 ]で検索してくれ。


話は戻るが、人はこの手の挫折が本当に堪えるの。
それは[ 自分の価値 ]てものを値踏みされている事を知り、そしてそれ以外に[ 利用価値や利害価値 ]が見出せないと知った時に始めて人生の虚しさを感じるから。

だからこそ本質部分での人間関係を求め価値観が磨かれるという機会を得る事にも繋がるのは事実である。
コレばかりは体験した人でないと話が通じない辛さなの…マジで。

ちなみにコレを上っ面で知ったように語る人を前にすると体験者はガチで相手にしないからスグに分かると思うわ。

つまり体験値や経験値が多い人は目が肥えているという事。
覚えておくと良いだろう。


更にKEIKO氏。
人間って一番良い時に自分の器に耐えられない現状が起きると精神の耐性を試される事が稀に起こる。

人は簡単に『なるようになる』とか『仕方ない』と受け入れるか諦めるという事が本当に出来ない。

コレは個人個人で精神耐性が異なるのは仕方の無い事。
先天的な生まれの環境や状況、そして後天的な環境変化と経験や体験の量や自己変化の学習方向も全く違うから。

だから先人は『幼少の時代に苦難を経験すべし、大人はコレにとかく弱し』という意味合いの格言が数多く存在するのは、大人になるとあらゆる条件や周囲との折り合いで意識の大半を持って行かれる為に起こる[ 精神の機能不全 ]に陥りやすい為である。

俺は過去…割と多くの多重債務者に業務上、出会う機会が多かったのだが大半が大人になって自分の器以上のトラブルに出会い、そして大半が問題に向き合おうとはしない場合が非常に多かった。

特に経済的な面では人生が割と狂い易い傾向があるの。
また厄介な事に人間は脳を通じて精神的なストレスを合理的に表現する場合もあるから一目見ただけでは解らない場合や実際に脳や精神に異常を来たす場合もあるから余計に複雑化してしまう現象もある。

コレは鬱の関係にはよくある事例。
特に復讐心からのアクティングアウトでは自傷行為も含まれる。

実際に身体を傷付ける場合はまだ程度にもよるが救いの方法もあるのだが一旦ストレスを通じて脳にダメージを負うと精神に来たす場合がある。

だから世の中の伴侶に[ 多大な借金からの生還 ]を果たした夫婦は基本的に現状の[ 受け入れ方 ]や互いに[ 許す(寛容)]スキルを独自に習得し構築している場合が多いのも事実。



その意味ではタフな嫁さんはある意味財産なのかも知れん。
昔、何かのバラエティ番組で島田洋七氏が嫁のネタを話したのを今でも覚えているが結婚当初からの嫁さんからの約束である『結婚当初の生活基準より落とさないのが条件』という逸話が記憶に残っている。

結婚当初は売れる前なので数畳一間のボロアパート。
コレが最低基準の提示。

だから大きな負債を背負ってもコレより堕ちる事で離婚は無かったと嫁さんの器量には頭が下がったと言ってた事に驚いた。

だから精神面でのタフさというのは人生の財産でもあり、次へのチャンスが巡ってくるまでの最終防衛ラインでもあるのは事実でござるな。

実際に神経質な人や自分嫌いの寛容さが欠けている人は結婚には不向きかも知らん…何せ子供は基本[ 言う事を聞かない ]生き物であるし、必ず何かしら手が掛かる血縁だからな。

その意味では未成熟な大人が子供を持つという事は核家族化が進む現代ではリスキーな事なのだろう。


最後に介護という面を大衆は簡単に口にし過ぎる。
この際、ハッキリ言うが経済社会では基本的に直接的に労働収入に依存している人が90%以上だろう。

そんな輩が簡単に[ 介護 ]の事を言うのは十中八九、体験した事がないからだ。

ある程度の経済力や貯蓄、そして保険等の補助や環境があればある程度の精神的余裕はあるだろうが、実際問題必ず人の手間や時間を犠牲にせざるを得ないのは事実。

その心労は介護する側の精神耐性へ極度に依存する。
幾ら血縁と言えど今まで生きて生きて精神耐性というスキルや[ 寛容 ]というスキルが在ったとしても始めて介護の現場を実践する時に試される。

大家族なら分散出来るが実際、現代は本当の意味で人生を試されるのは事実である。

その時に経済力というのは本当に支えになる。
そして他人の補助という意味では如何に複数人の精神補佐が必要になるのは介護者の耐性に関係する。

俺は基本、1人で何とかなった。
事実、暴君親父は他人を受け入れる器自体が皆無な状態だったので俺には我侭の限りを尽くしたが互いに心情は分かっていたので苦にはなるが拷問的な感覚は無かったのは救いである。

だから『まぁ…しゃーないわな。親父…』と言えば『ケッ…』というやり取りで終了してしまうから上手く逝っていた気がするわ。

それに俺が介護段階では独立してたのが大きかった。
四六時中付き添えるのを可能にしてたのはやはり経済面である。

介護では余計な心労の第一位にノミネートされるのは[ お金 ]である。
つまり『同情するなら金をくれ!』というのは綺麗事ではなく事実的な発想だと初めて理解するだろう。(#゚Д゚) ゴルァ!!

それ以外は別に然程苦にならない。
何故なら[ 自分を捨てる ]…というのは語弊があるが[ 自分を消す ]という意味で些細な介護の衝突や摩擦は極端に減る。

だがコレに経済面が圧し掛かると流石に平安を保てない。
実際に介護で事件になるケースは今後増えると考えられる。

今回の小室氏の引退に引導を渡した文春は批判の対象にはなるだろうが基本的にそれは炎上マーケティングの視野に入っている。

それに今回の小室氏にとっても介護に専念するのはやも得ない反面、諦めの境地でもあると察する。

それだけ介護は大変を通り越して人生を試される。
この部分を考えれば世間様がもっとも察しのある良識ならば取る行動は2つある。

1つは
[ そっとしておく事 ]である。
良識あるというのは以下の意味も吟味しなければならない。


それは[ 介護を補助する気もないのなら関わるべきではない ]という事だ。

『可哀想』とか『不憫な』とか同情心は介護関係者には全くもって迷惑極まりない行為である。

実質的な関わりなら有難いのだが世間様は手伝う事や援助する気が無い人ほどコレをするから理から外れてる。(#゚д゚) 、ペッ

昔、エガちゃんが『金がないから身体で払うしかない!』と福島に行った行動はコレが解っている人である。


もう1つは廃刊にしたいなら買わない・関わらない・気にも止めない、という3つを全員で実行すれば終わる。

ちなみにニュース関係のデジタル記事ですらクリック系の広告を触らなければ存続自体終わるのである。

本当に力のあるデジタル記事は課金してでも読まれるからネットのニュースをザラ読みしているだけでその傾向は解ると思うが世の大半の人達は未だその[ 目 ]というものが肥えていない・洗脳されまくっている・自己判断が感情的&衝動的であるという3拍子なのに気付かないのが現状。

コレからの時代はこの部分が必要になるのは必至だろう。
以下はその類に関する良書。
コレに関しては苫米地氏の著書が特に解り易い。
お勧めである。
(´・ω・`)つ  

そして人生ではある程度の成功を治めた後は自分の中に戻って次々と条件を外す事でもっと調和の取れた平安&平穏な人生を見出すのも醍醐味だと俺は考えとる。

小室氏を始め、介護に憤りを感じている人達には蔭ながらそれを願うばかりでござるよ。(-人-)


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