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死という価値観が軽くなっている気がする昨今…

コレは生き方の不満が垣間見える気がしてならない。

                    2018年04月21日

○ 時事ネタ:ボタンを押すだけで死ねる「自殺機器」オランダの見本市で話題に

イミフ…死の価値観が軽くねェかい? ( ゚д゚)ポカーン

そーいや昔、死に関するマニュアルが割と有名になった。
やはり現代病なのかね?
単なる厨二病(中二病)であって欲しいけどな。

基本、死を意識する時の大半は[ 世の中に価値や意味を見出せない時 ]が理由の上位にノミネートされる。

実はコレ…まだ程度が軽い方。
重症になると[ 大きな挫折や恐怖による逃避 ]になる事が挙げられる。

つまり[ 己の器以上の現象を体験して生きるよりも死ぬ事で楽になる ]という思考回路が成せる業である。

昔…ちょうど自営後期(要は衰退時期の事)に当時、有名な[ マネーの虎 ]の1人である[ 堀之内九一郎氏 ]の公演を偶然だが運良く聴けた事がある。

非常に印象深かったのが[ 自殺に関するエピソード ]だった。
曰く『人は皆、極限状態の時にこそ安易な愚行を犯す傾向がある…その一つが自殺。

だけど不思議なもので一端区切りが付いてしまうと悩みや苦痛は常時付き纏うが、あの衝動は時間が過ぎると消えてしまうのです。

ですから皆さん…先ずはお腹を満たして一端落ち着いてみて下さい。

悩みや苦悩の処理はまた別問題ですから、先ずは一瞬の衝動は単なる現象ですので流されないで下さい…危険で何も得は無いですよ。

私はあの時…踏み切りに入って行く時に恐くて恐くて涙が止まらなかったんです。だから結局死ねなかった。

それで仕方なくいつもの公園で残飯を口にして暫くするとその衝動は治まっていた事を今もよく覚えています。』と…そんな話だった。

堀之内九一郎氏の話はガチリアルでの体験談。
エピソードも度肝を抜くものばかり。

墓を売って一族から罵倒を受け、再起を果たして一族から『誇り』だと言われた事や人の裏側の話や評価はあって無いようなもの等…腹を抱えて笑える事や、人生の大教訓である体験談も非常にためになった。

俺が諦めかけても、あの公演での内容が蘇る度に元気が出たものだ。

コレについては若干ではあるけどAmazonの書籍に割と記されているから垣間見ても参考になるだろう。
ガチお勧めですよ。ハイ。
(´・ω・`)つ  


さて…話は戻るが昨今、ノリで[ 死の選択 ]ちゅーか何考えてんだかサッパリワケワカメである。

ツイッターとかで自殺志願者まがいのバカがワンサカいるけど本当に死を望む人は静かだからな。
そんで人間の死に様がどんな凄いものなのか知らないからバカは困る。

俺は割と人の葬式ってモンを暴君親父にはガキの頃から連れてかされた記憶が多い。

特に火葬場ね。
現代の子達はその現場を観る機会が家族葬で激減しているから人の亡骸から骸骨になる…あの虚しさを知らんのだろうな。

そしてオマケに極貧の貧困時期に独居老人達の死に様や、泥酔者の土左衛門(俺が第一発見者となる)…挙句の果てはアル中吐血で孤独にお亡くなりになった方も同じボロアパートで見た。

ちなみに吐血でお亡くなりになった現場は暴君親父達を含めた御近所アル中戦隊達が通報&片付け(ボランティア)となった。

当時のボロアパート長屋の結束は無駄に高く、慈善性があったみたい。
暫くはあの現場をガチで見たせいか暴君親父は暫く酒が飲めなくなってたけど僅か3日目で飲酒開始。
酒の魅力は死を超えるみたい…( ゚д゚)ポカーン


葬式の費用とか現代では経済事情から嫌う傾向がある為に家族葬が一般的になりつつある。

その為に親族とかの骨を拾う機会も少なくなった。
つまり葬儀は単なる義理や金を払うというレベルに堕ちつつある様な気がするのよ。

人ってモンは他人の伝記や死に様を見て自分の人生終焉や価値観が深まるのは意識のシュミレーションシステムの優れた所だと俺は考えている。

その素晴らしいシステムを使わないし、価値観がガキのままで脳内が遊園地なアダルトチルドレンはどうしても死の選択を安易に捉えがちになる。

だから場所をわきまえず命を軽んじる事を平気でするのだろうな。

↑戦闘中に狙撃される戦闘員。不謹慎極まりない稚拙な行為。
参考サイト記事:【衝撃動画】イスラム国ISISとの戦闘中にスマホで自撮りムービーを撮影 / 目立ちすぎて部隊がスナイパーに撃たれる → 仲間が死亡

まだ事故なら理解も可能だか…。(-公-;)ゞ





言葉に語弊があるが、実際に死の現象とかが事故で偶然性や不注意とかで訪れた場合はまだ精神面での救済がある方だけど、ガチで本人の意向による場合は目も当てられん。

確かに外国では委託殺人系が合法化されている国も確かにある。

例えば病気による苦痛で本人が参っている場合や、末期ガン患者の救済という観点である。
コレは安楽死幇助(あんらくしほうじょ)という観点になる。

コレには相互のしっかりとした認識下で認められている国さえあるが日本を始めとする各国の自殺志願者っていう部類は基本的に健康体の人が多い。

人間関係とか経済的観点…様々に生きる為に通過する四苦八苦からの問題である。

それ故、現代における[ 自殺システムツール ]とか開発されても俺は…『如何なものか…』と考え戸惑ってまうのよ。
先進国って豊かになればなるほど…仕組みの狭間で闇が渦巻いているでござる。

俺は保護者方に思う事がある。
人間の愛情は甘やかしだけではない。

もっとも大事なのは[ 生きる術を教え込む事 ]だと痛感しています。

人は繋がりが無くなった時点で消えてしまうから可能な限り次世代の子達に自分の経験上でも構わないから[ 生きる意味 ]を一緒に考えて互いの答えを共有して欲しい。

大人とか子供とかの垣根を意識する必要はないと思う。
俺も色んな人にお目に掛かったが大人でもその[ 意味 ]すら模索している人はゴマンといるのは事実だし、何より[ 己が何者なのかすら知らない&自覚もない ]大人が大半なのは事実。

その意味でも次世代には葬儀の機会に火葬場へ連れて骨を拾わせてあげられる機会を御提供願いたいです。

生きる事。
死ぬ事。
コレを意識すると人生に対する価値観は自然と深まるのは当然なのですから…是非とも保護者の方は御検討頂きたい。
(-人-)

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