トップページ > 人生をじっくり考える > 勝負事には価値観が現れるし、価値観によっても左右される…一般世論が綺麗事を抜かすというには一概に言えないデリケートな部分も実際には存在する。 

勝負事には価値観が現れるし、価値観によっても

左右される…一般世論が綺麗事を抜かすというには

一概に言えないデリケートな部分も実際には存在する。

                    2018年05月15日


時事ネタ:日大アメフト悪質タックル問題

色々と余波が広がっているけど感情論では片付かない世界も実際にはあるんのだと俺は考えている。

今回は炎上覚悟で書いておくわ。

コレは結果絶対至上主義やその他の成果主義、そして雇用事情等も密接に絡みあっている事も無きにしもあらず。

色々と事例を挙げればキリが無いけど、一昔前の日本球界にはフツーにあった事だ。

例えばプロ野球ならFAで他球団に移った場合にリーグが同じならオープン戦とかで危険球を常識的に放っていた時代もあったんだよ。

スライディングとかホームタックルとか…ある意味、選手生命に関わるプレーは常時見られた。

だから選手は練習でその対処法を選手は常時学ぶ。
それがプロだと認識してた時代。

それは相撲界でも昔はガチンコ勝負では花形でもあった。
それが[ かちあげ ]や[ 張り手 ]である。

そしてオリンピックの柔道でもタックルからの投げ合い合戦のようになってしまった事も…

こうなると最早レスリングと遜色がなくなってくる。

しかし選手や指導陣達は基本[ ルールの範疇で可能な限りの手段を尽くす ]という過程においては常時スレスレの域を研鑽しているに過ぎない。

コレに[ 絶対負けられない ]という条件が付けば当然、総合的な消耗戦という[ 潰し合い ]が生まれるのは当然の事なのである。

特に合法的なルールに[ 総合力的戦術 ]にも関わらず批判を受ける気の毒な監督も以前はいたんだよ。(´・ω・`) ショボーン

当時、世論が騒ぎまくってたんだけど背景にある[ 勝利への手段 ]という意味ではこれほど崇高な事はないと俺は考える。

ルール無用の世界では当然、生命の危険が晒される。
[ 殺るか殺られるか ]という戦争などは特に。

その為に過去、日本人は武士道精神から捕虜になった兵士を国連に引き渡して帰国させるのは海外から見れば本当に稀なパターンだったのだろう。

現代ではスポーツ競技という面において国の背景やら、指導者の雇用背景も関連したり、保護者からの重圧…総合的な面から[ 潰し合い ]が生まれる。

コレが見えないと感情批判をおこしてしまう。
日本は基本的にスポーツ系での雇用率が海外に比べて低い。

近年の実業団クラブの縮小や、プロスポーツのジャンルが海外と比べて圧倒的に低いのよ。

それ故に[ 長期的な視野 ]で選手を扱わない事がそもそも要因に挙げられる。

もし、プロスポーツが盛んであればルール保護や制度、そして身体面での保護を優先とした練習方針も組まれる事もあるだろう。

今回の要因として決して監督の方針だけではないと考える。
それだけ[ 勝利至上主義 ]や[ 結果至上主義 ]そして[ 消耗戦 ]に特化するだけでこの様な現象は何時でも何処でも常時起こりうるのだ。

それはスポーツの世界だけではない。
企業だって、会社だって、組織だって、世界間だって、人間関係だって同じ事。

↑映画[ バトル・ロワイアル]より

だけど今後、ルール規制や倫理観・道徳観・世界理念等の影響でオリンピック等も変化を見せ始めた。

ドーピング規制やら反則規制やら…。

でも国民感情の捌け口にもなる部分もあるのも事実。
サッカーとかがかなり改善が必要な部分もある気がする。(選手も観客もな。)

その意味では最近、格闘技の世界が割と紳士的な世界になりつつある気がするわ。

スポーツの世界はこれからだと思うな。(´・ω・`)y-~

人間はこれからまだまだ精神的に進化の伸び代は十分にあるはずだから、一概に批判するよりも根本部分を見直し、そして改善&昇華させるべきだろうと考える。

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