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全国の指導者達の中にはgkbrになってるヤツも

必ず居ると思うわ。

                    2018年05月23日

この会見を閲覧している全国指導者の中には少なからずgkbrしている人は必ずいるだろうな。((;゚Д゚)ガクガクブルブル

○ 動画検索:日大 アメフト 会見

少し連投になってまうが併せて読んでちょ。

○ 関連記事:勝負事には価値観が現れるし、価値観によっても左右される…一般世論が綺麗事を抜かすというには一概に言えないデリケートな部分も実際には存在する。

コレを見て感情判断を外すと意外な事に全ての指導者達には陥り易い[ あるあるの罠 ]と言うものがあるのよ。

特に強豪系とか、もしくは過去に[ 名選手 ]や、その競技に[ 精通している ]という指導者は必ず1度は経験するんじゃないかな?

人は無駄に力を持ってしまうとソレに支配されてしまうもの。
一度でもその魅力に触れてたら最後…一旦、堕ちるところまで堕ちないと目が覚め難い。

正気に戻る時には多分2つの内のどちらかだろうな。
@ 自分の周囲に誰も居なくなる。
A 周囲に潰される。

コレはスポーツ以外の分野で人間が関わる全ての組織や仕組み、そして集団では必ず起こる事だ。

会社ではこの分野にオートメーションや機械化、AIの投入で難を免れ更なる進化となるだろう。

だがスポーツの分野はそうは逝かない。
そしてスポーツ指導という分野は今後、選択制という方向になるだろう。
その為に集団競技の衰退化と個人競技の普及やビジネスによる学習カリキュラムが普及するだろうな。


話は戻るが…
強豪化して逝ったり、組織が大きくなると人間は不思議な事に全ての人間を身近な人以外を次第に[ 駒 ]という扱いにしてしまいがち。

つまり[ 栄光 ]や[ 結果 ]に執着する余り、[ パーツ(部品)]という扱いとする感覚になって行くのだ。

どうしても組織や層が厚くなるという事は指導者が経営者感覚に襲われ易い。

その為に[ 損得勘定 ]となる。
最初の目的を忘れてしまうのだ。

そしてピークを過ぎてもその[ 力の魔力 ]にしがみ付いてまう。
指導者はコレに気付く時には結果論で言い難いんだが…


上記に提示した@かAのどちらかを1度は経験しておいた方が良い。


それに身の引き方をミスると人格が狂うから注意が必要になる。
一番良い時にバトンを渡した方が自由になれる。
時代・時代によって世代価値観も違うしな。

俺は外部指導時代にゼロから登ったけど不思議な事に色々と失敗しながらだったから選手にも恨まれたり有難がられたり理解不能な経験もさせて貰った。

んで…ココからがオモロイんだけど結果が伴うと次第に人が何処からともなく、ワラワラ集まってくんの。

評論家だったり、OBだったり、親だったり…なんちゃって指導者だったり。

俺は基本、健全性を最優先してたから選手は確かに礼儀正しい。
それは選手に[ 礼儀作法 ]を[ ツール ]として扱うように指導していたからだ。

人は[ 礼儀 ]というものを勘違いしている風潮がある。
人はコミニュケーションの一環として認識しているが俺は[ ツール(生きる術(すべ))]として教育していたの。

だから生徒達は理屈に合わない矛盾には敏感だが、俺は基本[ 説明 ]をして[ 理解 ]の延長線上でアクションを起こしていたからリアルな話をすると周囲が青い顔をする事もあった。

経験や体験から紡ぐ言葉は鉄拳よりもキツイ事があるのよ。マジで。


その為に外部関係者が生徒と関わると凄く[ 心地が良い ]を通り越して[ 気持ちが良くなる ]のは、この[ ツール ]の使用により[ 相手の本能 ]に働きかけるからだ。

だから[ 礼儀作法 ]に関しての使用には[ 無為 ]が絶対条件として教育していた。

だけど相手はそんな事、お構いナッシングで狂う。
そして気持ちで過剰に肩入れしてしまう。
最終的にカンチガイしてしまうの。

一旦、その体制がやっと整うと指導者は2つに分かれる。
組織が大きくなるに連れて[ 結果 ]と[ 自己の我 ]に狂い始めるか、又は[ 無為 ]に戻って立ち上げ当初に戻るか。

両方とも基本的に[ 結果 ]の出やすい環境にはなるが指導者の内面は大きな差が生まれ出す。

それは[ 執着心 ]か[ 探究心 ]かの違い。
でもな…この細かな失敗の反芻で指導者は[ 無為 ]を習得するのだろうな。

俺はその意味では一番良い時にバトンを渡せて晴れてこの煩わしさから逃れられた。

システムさえ立ち上げれば後は自然と良い形になる。
そこに[ 無為 ]さえ己の中にあるなら健全性はあるから。

今回の監督&コーチの会見をネットで見てて率直な意見としては…


『さっさと吐いて晒して身を引いてしまえば良いのに…』…が正直な所。

やはり以前に書いた記事(冒頭で紹介した記事ね)にも触りだけではあるが、ココでは露骨に[ 椅子 ]とか[ ポジション ]とか[ 職 ]とエゲツなく書いておこう…(´・ω・`;)ゞ

コレ等がなかなか手放せないのが伺えるでござるな。
実に見苦しいけどコレも人間の一面だからしゃーないわ。
(#゚д゚) 、ペッ


宮川選手はその面においては大変に気の毒ではあったが精神衛生上、コレがベストな自己選択だと俺は考えている。

人生は捨ててこそ浮く瀬もある。
先ずは心を静養して視野を広げて頂きたい。

語弊に聴こえるだろうが俺として個人的ではあるがキッパリとアメフトを辞めたのは今後の人生には大きな財産となるだろう。
コレは精神環境的にも人生においても重大な決断である。

今後、相手選手側への謝罪を済ませたら次の人生へしっかり歩んで頂きたい。



昨日、別のニュース記事で宮川選手の代表召集の件を読んだが閉鎖的条件三昧になると人は生き残る為に[ 思考 ]すら停止してしまうのだと改めて感じたわ。

これってブラック企業やブラック就労では常時展開されているんやど?((;゚Д゚)ガクガクブルブル

どうして人間って暗黙系トップダウンのラッシュアワーにはこうも無力なんだろうな?…不思議でならんわ。

宮川選手が会見で全てを吐いた時、引き換えとして[ 自由 ]を得たように見えたのは俺の気のせいだろうか?(´・ω・`)y-~

そーいや、あの本にも同じ事が書かれてたけど組織や集団が大きくなるに連れて[ 無為 ]がなくなり、歪が発生すると最終的にこうなるのだろうな。

「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)より


スポーツついでに思い出したから書いておくわ。

上記の事とは全く別件ではあるが昔…俺がまだガキの頃、ゲートボールが巷で大流行した時代があったんだわ。

当時、全国大会が開催されてTVにもなった時期である。
だけど暫くして一気に衰退した。

数年後、なんかの新聞で記事になっててその内容に当時俺は…
( ゚д゚)ポカーン

…って理解出来なかった。
そりゃ子供には分からん。

だけど自分がスポーツをする側になって初めて団体戦や、スタメンとかレギュラーという概念が出来るようになるとこの記事の意味を初めて理解した。

その内容とは…今でも覚えている見出し。


[ ゲートボールでスタメン落ち。人間関係でメンバーを選ぶ事に不満、急激に競技人口が激減する。 ]


…って見出し。凄いでしょ?
その後、頭角を表したのが[ グランドゴルフ ]である。
そう…個人競技。

今後、少子化や人間関係を煩わしく思う世代やスポーツへの温度差も考えれば次第に団体競技も…特に日本は衰退する可能性があると俺は睨んでいる。

逆に個人競技は基本…[ やるヤツはやる!]だろうから情熱次第でレッスンに通ったり、スクールに通ったりするだろうな。

当然予備校とかみたいに[ 人気コーチ ]とかもビジネス戦略みたいに出てくるから指導者の人気=指導キャリアレベルとかが、益々差が生まれそうな気がする。

特にビジネスモデルとなりそうなのはやはり、メジャースポーツだろうかな?

ゴルフ・テニス・卓球辺り・ボクシング…コレ等はプロもあるからな。
マイナー系ならばレスリング・柔道・体操・陸上・水泳…コレ等も実業団とかあるしな。

今後、少人数制とかにしないと集団競技とか存続が危惧されるきがするわ…地方とか大丈夫なのだろうか?


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