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当時、運動会はガチで消滅してしまえば良いと思って

ますたよ…ソレくらい病んでた気がします。(-公-;)ゞ

                    2018年06月01日

時事ネタ:「時短」運動会に賛否両論 背景に家庭環境の多様化 愛知・安城市

今回の記事は読んだら軽くスルーしてくれ。
少し思い出話が病んでいるとは感じるだろうけど今となっては笑い話だから(´_ゝ`)フーン ってくらいで結構ダス。

冒頭の扉絵の通り、俺…小学校時代は運動会が大嫌いだった。
昭和時代って運動会の日は割と給食出ねーのよ。

しかも、この日に限って学校によっては弁当を注文して教室で食うのと家族と運動場のテントで食うという選択制の学校もあった。

俺は基本、キャプツバの岬君並に転校回数が多かったし、まともに通しで入学&卒業を体験出来たのは高校だけだったから学校毎のイベントには本当に手を焼いたクチなの。

特にこの選択制の運動会とかを採用している小学校に限ってマンモス校だから手に負えん。

俺は弁当を買う金もなかったし、かといって運動会に来る親もおらんかったから学校をフケようかと考えたりもしたが後々、何かの話題の種(マンモス校になるとイジメやPTAとかの議題に挙がり易いからな…ほっといて欲しいのが本音)にもなるし結局、ゲンナリしながら通った記憶しかねェ…(#゚д゚) 、ペッ

だからイベントが発生する1月前から祈祷師顔負けなぐらい毎晩雨乞い以上に『天変地異でも夜中に来て学校だけが崩壊しますように!』とか念じてたわ。

遠足とかも似たようなモンだ。

結局、晴れて当日を向かえ…昼食の時間には校舎の屋上のタラップを無断で登って空腹のまま昼寝をかましてたというものだった。

だから担任が詮索する雰囲気を察知すると基本、傍に寄らずに平然と振舞ってたのだよ。

当時、割とその面に関しては気丈でイチイチ気に掛けて貰うというのが非常に鬱陶しいぐらいにしか感じなかった。

世間でヒッキーとかが『叶うならほっといて下さい。』というニュアンスの言葉を『構ってくれ』と解釈している大人の脳味噌には多少呆れるが、当人の『煩わしさ』ってのは俺には空気で察するレベルですw

家族で飯を食っている輩達には別にヒガミとかはあまり感じてはいなかったのだけど当時から『金さえあれば…』とかガチ目で日々考えていた経済毒視装備の可愛げのない小学生だった気がするでござる。
(´・ω・`)=3

ちなみに最後の6年生の転校時に修学旅行と丸被り日程となり、本気で俺は喜んだの。

理由は『コレで旅費を工面しなくても良い!マジで助かった!』ってなワケ。

だから中学校に入って速攻アルバイトでシコシコ貯めて中学2年の時、初めて修学旅行に逝った時に出る飯が全て俺にとっては御馳走万歳状態だった。
∩( ・ω・)∩ バンザーイ

だけど何故か不思議と当時、グルメかぶれの輩達が喰い残した飯を運動部のヤツとガツガツ喰い漁った楽しい思い出がある。
ソレを見ていた運動部の顧問連中と旅館の厨房の人達が感動しまくってたのが不思議である。

ちなみに高校ではそんな輩ばかりだったから今までに通った学校生活というものは高校が一番オモロかったのが本音。
当時の工業高校ってのは割と苦学生が多かったから居心地がよかったのもあるわな。

ちなみに大人になって部活外部指導時代には時代が変わったのかどうかは不明だけど修学旅行とかに事前トラブルが多発していた。

それは俗に言う『修学旅行系に逝きたくない!』って輩。
教員達は集団行動が苦手と判断していた御様子だけど俺はスグにピンと来るのが少し疑問www

その生徒に一言…『逝きたくないワケを当ててやろーかwww』
その生徒は神妙な顔つきで『えッ?』と。


俺は『他人と一緒に風呂に入るのが恥ずかしいんだろ?』と話すとゴネている生徒は速攻で顔が高揚してたの。

どうやらビンゴらしい。
不思議なもので俺達が学生当時の周囲の奴等を思い出しても必ずそんな人はおったんだけど大人になるとコレが面白い事にすっかり忘れた教員が多い事この上ない。

俺は一言、付け加えておいた。
『あのな…逝ってみると解るんだが俺達の時代も似たようなもんで実際に風呂に入ってみると分かるんだけど自分のを隠すので手一杯なもんだwww、それにな高校にまでなっても中学生みたいに過剰に反応するほど周囲は子供じゃないど?コレ実話だからなw…何ならなら銭湯に逝ってみ?スグ解るから。』

その後、面白い事に当人は最寄の温泉ランドにガチで逝ったと報告までしてくれた真面目な生徒だった。

結局、擦った揉んだで修学旅行に逝って土産のクッキーをワザワザ関係のない外部指導員の俺に渡してくれたのは不思議だったわ。

思春期過ぎ…ないし、その直後は大人になって考えると[ どーでも良い事 ]が人生の全てと思いがちになる。

今から考えれば小学校時代とか極貧生活環境とかも、振り返ってみたら結構ネタにもなるし…オッサンになって何かしら吹っ切れて来たのは財産かもな。フフーフ♪ (´・ω・`)y-~

コレを読んでいる大人達は俺からの願いでもあるから少しだけでも頭に残して欲しい所がある。

コレは俺が外部指導時代に保護者達や関係者達が割りと陥り易い罠でもあるんだけど『自分が小学校とか子供の時代にこんな辛い思いをしたから子供には…』とか頑なに逆の事を押し付けてしまう事がままあるの。

俺はね…そんな事よりも[ 経験から来る察し ]や[ 体験から培った察し ]を子供達に施して欲しいと願う。

子供達は基本[ 自分の経験に無い無理解状態での親からの過剰反応 ]には対応する器が無いので摩擦が起き易いものなの。

実はコレが保護者にとっては[ 良かれと思った行為 ]が当人にとっては[ ありがた迷惑 ]とか[ 鬱陶しい ]とかに感じられる事もあるし、子供は子供なりに[ 大人に対して気遣いしなければならない為に疲れる ]という現象が起こる。


だが本当にこの時期に子供が求めているのは[ 良き理解者 ]であり[ 自分の事を観てくれる親 ]を望んでいる。

それは[ 過剰な施し ]ではない。
純粋に[ 見守ってもらえる存在 ]で十分な時がある。
その為に[ 体験や経験 ]が合致した事で観ただけでも理解出来る[ 察し ]から掛ける言葉は子供には非常に救いになるのよ。

『お父さん(お母さん)もそうだったの!』Σ(゚Д゚*)
この一言でより深く関係性を構築出来るのは大きい。
実は思春期〜青年期の期間中にコレだけで救われる場合があるのが精神の器が柔軟なこの時代だったりする。

別に子供に媚びたり気に入られたり仲良くする必要は一切ない。
純粋に人生の先輩として対応すると子供は安心して[ 等群欲求の安定 ]から更に自己成長出来たりもする。

大人が何かの公演セミナーとかで共感を得ると喜びを感じる時があるだろうが、実は多感な時期ほど子供を手飼い&囲いをしてはならず、色んな人に関わらせる方が良い時期というのも知っておきまっしょい。

何だか運動会の弁当の話からかなり脱線したような…。
許してMrオクレ。(-人-)


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