トップページ > 人生をじっくり考える > 順序良く考えると単なる[ 顕示欲求 ]でしかなかったりする…落ち着いて当人の目的を見抜きましょう。 

順序良く考えると単なる[ 顕示欲求 ]でしかなかったり

する…落ち着いて当人の目的を見抜きましょう。

                    2018年10月04日

これくらい冷静な方が良い…それだけ仙道君は大人である。
人生って基本的に[ 常識 ]や[ 思い込み ]で[ 本質 ]や[ 目的 ]が見えてるようで見えてない事があるからなァ…( ゚д゚)ポカーン


巷でしょーもない倫理や道徳問題が展開している御様子。
この2つの共通点は如何に?

時事ネタ2つ。
○ “のど飴舐めて”議会退席の緒方夕佳市議
○ 「申し訳ないが社会生活では誰もあなたを偉いとは認識していない」


世間では常識・倫理観・道徳観…あらゆる事でメディアやマスコミが炎上騒ぎ。

平和な日本はネタゲットする為に手頃な感情煽りで今日も数字を追っている御様子ですな。

どんだけメディアやマスコミ達は幼稚なのか不思議でならん。
(#゚д゚) 、ペッ


一旦、世間的な意見を隣に少しおいて…俺はこれから2つ述べてみたいでござる。


俺ね…例えば[ 100M先を目指して歩く ]ちゅーのを[ 目的 ]とした時に[ 出来るだけ何事もなくスーっと逝きたい ]派なの。

ココで…

『景色を楽しむ』とか…
『スピードに関しては人には負けてはならない』とか…
『歩く事に集中すべき』とか…
『スキップやムーンウォークとかで魅了しながら』とか…
『ローラースケートや車で逝くべき』とか…

その意見には必ず[ 当人の目的 ]という裏には何かしら[ 価値観 ]や[ 本能的な目的 ]ちゅーのもあんのよ。

んで[ 俺の本能的な目的 ]ちゅーのは[ 煩わしさのない達成 ]なのよ。

その100m先の目的達成過程で極力ノイズの無い事を望み、そして途中経過でどうしても避けられない場合は極力摩擦を軽減する為に[ 己を捨てたり消したり ]する事も実際にあんのよ。

だから途中経過の過程で[ 自分の本能 ]を攻撃される場合でも[ それは目的の為の痛みであって、決して己の尊厳とか価値を下げる事ではない ]という、コレと逝って変化の無いものなのよ。

例えば貴方が運転免許を取ろうとして教官に指導を受けた時に…[ 絶望的な敗北感 ]や[ 生きて逝けない程の精神的苦痛 ]を感じるだろうか?

多分、少々怒られても[ サッサと免許を取得して車を自由に運転したい ]と考えるし、然程問題にもしないだろう。

つまり[ 指導を受ける ]という部分では[ 自分の価値や本能 ]すら刺激する無意味さを知っているからだ。

専門のコーチングとかマネージメントにおいて[ 相手の生存的本能 ]を刺激せずに[ 自己実現や自己昇華への本能 ]を刺激するのがメジャーであるし、我々現代人は個人レベルで知性を使い客観的にソレが出来るようになる事で成熟して逝く。

人はサッサと通り過ぎれば然程の問題でもない事を認識の誤差で[ 生存的本能のスイッチ ]が入り易い人が結構いるんだわ。

俺の経験や体験上…年齢性別は関係無しにこの[ スイッチ ]が入る人は完全に感情のコントロールがユルくなっている。

知性の出る幕すらなくなる程に常時臨戦体制である。
コレは人生において非常に危険視すべき自己チェック項目。
知性が使えないと目先の[ 生存本能 ]で人生を棒に振ってまう。

マジでヤバイ。
ある意味、繁華街で泥酔して感情のタガが外れたような状態がシラフで起きるからな。

時が経って…もしくは歳を取って無力になった時に『何であんな事に躍起になってたのか…』( ゚д゚)ポカーン

そんな事すら気付かないものを認識出来るかが勝負だったりする。


あと1つは上記の100M先の[ 目的 ]の例えを引き続き考えて以下の事を考えて欲しい。

[ わざわざ一直線上に障害物(ノイズ)を置きたがる ]というもの。

この行為は[ 我(が)]である。
それだけ。

順に考えるとネット動画では『市民の代表として…』と割と言葉で出しているけど[ 市民の意見は『おまいの行為自体を願ってはいない…そもそも自分達の暮らしを良くして欲しいから、その可能性に1票を入れたんだよ!』]ってトコが本音だろう。

つまり[ 緒方夕佳市議の行為 ]を[ 目的 ]とはしていないのであって、問題自体…ソレは[ 緒方夕佳市議自身の目的行為 ]なのである。

まァ…その[ 目的 ]は何なのか?
大凡の察しは付くだろうけどな。

不思議なモンで、人間は個人個人の生き方の中であらゆる価値観・道徳観・倫理観・常識ってものが渦巻くから炎上はするし、話題にもなるのが世の中である。

でもね…政治という政(まつりごと)は基本的に[ 行い ]であって[ 何事も無事に遂行して欲しい ]という目的が束になり、その結果代表者が執り行うもの。これが執行者としての存在意義なのである。

現代は[ 個人の尊重 ]を重視されるが実は政(まつりごと)というのは全く逆で厳かに且つ、誠実に遂行しなくてはならない。

それ故に私生活を持ち込めない特殊な職場でもある。
コレが実情であり、歴史上…この場に[ 私(し)]を持ち込む事で世界が狂う事になる。

世界情勢で見れば一目瞭然だとハッキリ解るだろう。
[ 個人の本能目的 ]で多くの犠牲者や難民が大量発生する。
テロや存在しない[ 神様 ]で人が殺し合う。
利害関係や経済事情で国同士がいきなり戦争すら起こる。

だから政治という政(まつりごと)は冷静沈着に且つ、事に当たらなくては逝けない。

そこに[ 目的 ]があるならば、それは[ 我(が)]ではなく[ 平安や泰平 ]という厳かな世界しかないのである。

それが解っていないと常識・倫理・道徳・常識の論争を建前に[ 生存的本能 ]が暴れて収拾が付かないというゴシップにも似た[ 飽きられ易い論争 ]しか生まないでござるよ。 (ノA`) アチャー

知性を持ち出せば、この様な問題は風のようにアッサリ過ぎ去りますよ。

( ゚Д゚)ノ『それは御遠慮下さい。』
(´・ω・`)ゞ『はい。』
( ゚Д゚)ノ『ソレでは議題に入ります。』

…と淡々と仕事に入れるはずでござる。
子供の問題や飴の問題というのは政(まつりごと)の現場では冷静に観ると…実は余り関係の無い事で扱うフィールドは[ 議題内で取り扱う ]というのが議員達のお仕事なのでござるよ。

この意見に[ 倫理・道徳・常識 ]が絡んでいるだろうか?
俺は全く絡んでいないのだけどな。

その意味でも緒方夕佳市議とコンビニでの老人の話は共通する部分は単に[ 生存的本能 ]という[ 我(が)]だけの話だったりする。

コンビニならばボタンを押してサッサと用件を済ませば事は足りるし、議会であれば仕事は政(まつりごと)なのである。

やっている事は単に幼稚な[ 我 ]の張り合い。
それだけでしかない。
そして周囲も同調すべき内容ではない…でござる。(#゚д゚) 、ペッ




(´・ω・`)つ  

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