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人間関係の修復は本来時間が掛かるのに大人達は形式ばかりを押し付ける不思議。

 2019年07月20日


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1日空けてスマソ。(-人-)
純粋にサボった…。

帰宅してダラダラ寝て起きたらまた夜だった。orz
どーやら俗に言う『その日は朝からよるだった…』という塩梅です。

…とりあえず続きを書きますよ。

えーと…なんだっけ?

あッ…そうそう。
早速、昨日(とは逝っても2日前)の記事で書いてたニュース番組ネタがうpされてたので一応、リンク張っとく。

○ 関連記事:最近の子達はコレが無いと思い込み過ぎているでござる。

多分確実にアボーンされるから動画は張らんけど09分~からのニュースを見て頂戴な。

一応、リンク切れの場合は自分で探してクレ。
その2の方にキーワードが記載されているから。

○ ニュースネタリンク。

その1 その2


昔…暴君親父がさ、喧嘩とかで警察に御厄介になる事が多かったの。
当時は[ 喧嘩両成敗 ]ってのが酒の喧嘩には普通に適応されてた時代。

だから警察官の人達も仲裁役が本当に上手な人も多かった。

俺は自宅で1人飯食ってたら『こんばんわー』とガラガラ玄関開けて2人警官が入ってくるの。

当時はまぁ…もう慣れてたから『あ…すいません。また御迷惑掛けました?』ってパターン。

もうね…中学に入る頃にはしょっちゅうポリボックスに頭を下げに逝ってたの。

そんでさ…逝ったら逝ったで別室で相手がノコノコ出てきて暴君親父と対峙してたり、時には暴君親父だけを連れて帰って来たりというパターン。

その中で今でも妙に納得してしまった暴君親父の行動があったの。
それが昨日の記事内容と冒頭のニュースネタとリンクするのだけれど、ベテラン警察官が仲裁して喧嘩相手に『今後、このような事が無いようね。さぁ…握手!』って相手と暴君親父を握手させようとしてたの。

そしたらさ…暴君親父が『バカ言うな!』って相手が渋々差し出した手を[ バシッ! ]って払い除けたの。

『さっきまで喧嘩している相手と何で仲直りしなきゃならんのじゃ!出来るワケがなかろうに!そんなんやったら始めから喧嘩なんぞせんわ!』と怒鳴り散らしてしまったの。

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俺はその台詞を聴いて思わず『そりゃごもっとも。』と。
そしてそんな俺がアンタに付き合う身にもなれよ…と思ったものだ。

とりあえず午前様目前なので暴君親父を連れて帰りたいのが本音。
周囲と相手に頭を下げまくる俺。

『そんなヤツに頭を下げんでエエわ!』と更にヒートアップする親父。
そんな俺に同情しまくる警官と包帯グルグルの呑んだクレた相手。
もうココまで来るとコントなんすよ…マジで。(#゚д゚) 、ペッ

まぁ…今から考えるとワケの解らん小学高学年時代~中学時代を過ごしてたけどある意味、時代に救われたのかもな。

現代なら警察さん達も対応が違う時代かも知れんし。
それだけ時代が寛容だった。


少し戻るが、冒頭のニュースで第三者(ニュース内では親とか大人達)が形式めいた[ 握手 ]や[ 成約書 ]とかを持ち出そうとも、結果的に全て意味を成さないのが[ 感情世界 ]の本質。

当人同士の[ 腹が収まらない ]という感情の状態を無視して形だけを繕うからバカな話になる。

それだけ大人達は[ 感情の矛先 ]を理性で答えを導き出そうとする。
実際に大人でも人間関係の修復には莫大な時間を要するのに子供にはソレをさせる事がそもそも問題。

離婚や乱闘、そして慰謝料問題とか典型事例なのにな。( ゚д゚)ポカーン

そりゃね…ガキの時分、特に幼児なら解る。
それに兄弟喧嘩とかは距離感が近いから修復も早いだろう。

だけどその感覚は昭和~平成前期までよ?
現代はそもそも大人達が子供の喧嘩にズカズカ割って入ってガチ喧嘩すらさせていないから手加減や痛みを知らずして成人後に対人関係でクラッシュするパターンが非常に多い。

物心付く前とか、幼稚園&保育園。
そして小学校低学年とかで存分に喧嘩をさせておくべき。

その制限を大人が勝手に設けるから[ 腹が収まらない ]のを解消すべく表面化出来ないから[ 怒りの発散手段 ]が表面化せずに水面下で行われる。

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コレに[ 快楽 ]とか[ 本能 ]に結び付くと長期化し陰湿系となる。
実は現代の大人達が忘れているのだけれど[ トコトン喧嘩する ]というのは幼少期にとっては人間関係の修復にはとても効果が高い事を知らない。

人は感情の捌け口に短時間で発散すればするほど、後に訪れる[ 賢者タイム ]が早いの。

それに単体での対決により周囲を巻き込む事無く、その場で冷静に相手を見られるようになるのがもっとも大きい効果となる。

コレが人数が関われば関わるほどに今度は[ 自分の正当性 ]とか[ 自己の優位性の確保 ]等、本来の[ 感情 ]よりも後に増える無駄な[ 本能感情 ]が雪ダルマ式に肥大化するのを現代の国交で沢山見ているのに大人達はまるで解っていない。

結果、今度は大人が本気になってどーすんの?…という事になる。

では大人はどーすれば良いのか?
答えは単純で[ 喧嘩の作法 ]を教育すれば良い。
人は体験と経験で互いに[ 痛み ]を知る事というのは実は理解という綺麗事以上に比重が重い。



人は個人個人のレベルで[ 尊厳 ]という本能機能に搭載されている[ 自己重要度 ]というものがある。

コレを互いに認めるという事で人間関係は正常に成り立つ事を学習するのを単に理解でしようとさせる大人を俺は疑問視する。

本能剥き出しの全能感アリアリ状態の存在なの…子供は。

だからこそ力が未熟な時期に思いっきり喧嘩をさせて大人はある程度、読んで字の如く[ 親 ]として見届けなければならない大切な時期をワザワザ木から下りて経験を剥奪する行為自体が将来[ 手加減を知らない ]・[ 相手の痛みが解らない ]・[ 相手の逆鱗範囲が読めない ]・[ 相手の生命を簡単に脅かす ]という大人を育ててしまう。

格闘技の世界で一流の人であればあるほど上記の事には本当に縁遠いのは解るだろう。

だから俺は[ 格闘技 ]や[ スポーツ ]を幼少時代にさせるのは大変良いと考える。

それでも納得出来ない人は多分[ 対処療法 ]的な解決を望むのだろう。
その場合はさっさと転校を推奨する。

本気で思うならその方が良い。
だけどリアルな忠告。

親の都合上、保育園時代~中学時代まで幾度も転校しまくった俺の意見としては[ しょせんイジメられる人間は何処に逝っても同じ過ちを犯し、同じ境遇に晒される ]という事実を伝えておく。

そりゃね…新天地で『以前のようなミスをしないぞ!』となれば徐々にではあるが人生は変化する。

コレが人生の仕組みでもある。

だけどな…当人の本質や根本部分では書きかえられていないと同じ事の繰り返しになり易いのは事実である。

そもそも[ どうしてそうなったのか? ]という本質や根本部分を静かに見ないと本当に気付かないのだけれど、子供は基本情報の選定が未熟だから腹にいる内から情報を構築している。

そして物心が付くまで強制的に情報統制を構築して[ 本人の気質 ]が備わるのである。

つまり[ 争い ]や[ 問題 ]の現況は何処なのか?
これに気付けば簡単に人生は変えられる。

ただなぁ…それには多くの[ 自己 ]と仲直りしなくてはならんがな。
物心付いた後は当人の選択次第でどーにでもなる。

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まぁ…気付くのは大人でも大半の人はそのまま寿命を迎える人は多いけど。

俺の暴君親父は残念だけれど、その宿題をしないままに人生を終えたけどな。
(´・ω・`)=3

まぁ…それも1つの人生でござるよ。
何が正解か不正解かではない。
みーんなそれぞれの劇場で主役を張ってるから良いので候。

とりあえず冒頭のニュースでは親が[ 誰が正しいのか? ]というものに拘り過ぎている事自体が問題なのを気付かないから不思議ちゃんでござる。

時として俺達大人という生き物はこんな簡単な人生の問題集にも四苦八苦してしまうものなのですな。(´・ω・`) ショボーン






(´・ω・`)つ  





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