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立場が変わった時、人は初めてその人の痛みを知るものなり。

 2020年05月10日


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本日ダラダラと4~5度寝の末に夕刻起床。
最高でござる。(´Д⊂ヽファアアア…

とりあえず、ジャージのままスーパーへ。
食料を物色し帰宅。

割子そばを食べて一息付いてる。
ネットサーフ中に時事ネタからの~ツイッターを見て唸ってしまった。

人は他人の窮地を批判するが自分にその不幸が降り掛かって初めて他人の痛みを自覚するのですな…正直『ざまぁ』と思ってまうのと同時に呟いたルサンチマンに激しく同意。

〇 時事ネタ:氷河期世代「全ての業種への支援に反対。倒産は自己責任、甘えるな。今度はお前らの番だ。」

今回の件…すっげー解る。(´•̥ω•̥`)ゞ
俺も最初のビジネスでズッコケて周囲にはボロカスに批判されたクチだからさ…。

以前、アチコチで記事に書いたけど最近さ…色んなトコで過去にボロカスに言われた知人や関係者…そして昔、勤めていた組織の人間とかによく会うの。

殆どの人が俺の事なんぞ全く覚えていないのか?
それとも20年位、面識が無いので忘れてしまったのか?
はたまた…現在の情勢に翻弄されて周囲まで見通す余裕が全く無くなっているのか?

誰もが疲れ果てている人ばかり。
基本的に当時、俺を批判してた人は余裕が最低限あった人ばかり。
その最低限度の余裕とは[ 安定 ]だった。

だけどさ最近の経済情勢は組織や企業体が生き残りを懸けて人材を容赦無くカットするじゃない?

俺のリーマン時代はその第1陣であるバブル崩壊後の余波をモロに体験してたけど全員が全員、[ 今は我慢…いつかは戻る ]みたいな幻想を見ていた人が本当に多かった。

よく当時の神話…というか常識に[ 転職癖が付くと人生がダメになる ]というニュアンスが根強かったが、今から考えれば給与や給料というのはシステムが決めるのであって[ 能力値=賃金 ]という構図は本当に幻想だったと痛感している。

色んな業種に就いたけど世の中には意外に高収入のシステムが存在しうる事が視野を広げるとあるんだよ。

中にはその分、自己申告で確定申告の手間が発生する請負業務もあるけど色んな節税方法を学ぶ機会にも恵まれて実際に収入を伸ばせた体験もした。

実際に[ 自己責任だ!]と批判している人は別。

現実実績でビジネスを起こして沢山失敗や挫折を体験し、それでもなおビジネスを所有している人は[ 自己責任 ]の意味合いが全然違う。

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そのレベルになると[ 自己責任=自由 ]という図式で情報を伝えるので[ 自己責任だ!]という批判の裏側には[ 安定 ]の思考が見え隠れしまくっているのも良く解る。

前者になると淡々と人生クラフトに精を出して着々と進むけど、後者になると慌てふためいて[ 保障や責任 ]を感情に任せて吠えまくる。

この差は天と地の差であり、決して理解し合えない。

このコロ助ショックで現在リモート業務とかを初めて行った企業とか社員さんは視界が開けた体験をされたと思う。

承認の許可とかハンコとかさえなければ業務が行えるし、実際に給与面での交通費支給とか不要であり従業員も通勤の無駄やリスクを無くし互いの相互利益にもなる事例が現実に発生している。

自宅でも仕事が可能となるというメリットは今後の働き方に大きな可能性を見出せる前兆になるはずである。

その中でもPC作業というスキルを学生の間に慣れさせる行為に一早く対応する行政や学校は今後時代に沿う人材を獲得するんじゃないかな?

逆にスマホとかに依存し、従来の紙媒体ベース作業に固執するのはどうかと…。

変化し続ける既成概念を植え込む端境期ではないかな?

今回の件で[ 給与とか賃金はシステム ]と断言しているのは理由があって実はブラック就労時代後期(俺が投資関連で徐々に独立再起の軌道に乗りつつある時代)に何故かリーマン時代の基本給(残業無しべース)でも絶対に稼げない額をちょっとした人間関係で就いた業種でアッサリクリアした体験がある。

もうね…定時帰りで月の給与が(´ºωº`)イインデスカ?…的なレベルよ?

そりゃね…業種が特殊なのと第1次製造業種だから当たり前なんだけど、その時に改めて[ 給与や賃金はシステム ]なんだなぁ…と痛感した。

でもね…組織や会社に属す事で[ ある種の自由は制限される ]のも当然解り切っていたのでビジネスが完全に軌道に乗って、ある程度のボーダーラインをクリアして円満退職しますた。

流石に周囲は不思議がってたけど。(そりゃね…あれだけ給与がシッカリしてたら不思議に思うわなwww)

でもね…本当の意味で[ 自己責任=自由 ]なんですよ…コレが。
もう煩わしいのは十分。お腹いっぱいだったし。(´+。+`)=3

話は冒頭のツイッターネタに戻るが…人は不自由や不幸、そして不遇に見舞われた時にそれまでに自分自身で取得した能力(資格じゃないよ?能力よ、能力♪)やスキルが発揮されると俺は考える。

当時は必死でいつそのスキルが役に立つかも解らんけども、タイムラグが巡り巡って開花する事は結構ある。

よくクソガキが[ やりたくない言い訳 ]として授業とか勉強とかで『一体、コレが何の役に立つのか?』と達観したセリフを吐くが俺はそんな糞ゼリフを吐かれてた教員様の御苦労を知っているが故の事と、別記事にも書いたけど過去に親族絡みの土地境界線問題で裁判資料をやむなく制作した厳しい時代の経験がタイムラグを追ってブラックアフィリに繋がった体験&経験上、部活外部指導員時代にクソ生意気な生徒に向け…半ギレで怒鳴り散らした事がある。

(#゚Д゚)『何を以て役に立つのか立たないのか?ソレを証明出来るのか?ソレに義務教育課程でない高等学校だから嫌ならいつでも辞めて構わない!文句があるなら保護者を連れて全員の前やPTA総会の前で堂々と訴えろ!』って逝ったらクソガキ生徒は半泣きしやがった。

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生徒も生徒…理不尽で狡賢い人間が居るけども、本気モードで生きている側の人間には言わない。

つまり相手を見て噛みついているものなんですよ。(#゚д゚) 、ペッ

当時、俺なんぞ単なる外部指導員の立場だし…いつ辞めてもOK状態だったから良かったけども、教員様の方々の不自由さの中での業務姿勢には頭が下がる思いでした。

現代はSNS系での脅し、そして世間批判からの~教育委員会勅令での左遷もある時代。

本当に現場教員様は大変だと思う。

なのにヌルイ生徒は気付かぬままに社会に出れば、たちまち精神を病むほどの人間関係や組織の軋轢もあるでしょうに。

その意味では学校はファームという訓練場と俺は認識する。
だってさ…イキナリ社会に出たら…ある意味死ぬじゃん?

生徒とか教員様方に結構なレベルで失礼な言動とか態度を取るけども、社会に出れば組織世界、会社の枠組みで許される筈もない。

だから子供達には情緒が多感な時代に学校生活で人間関係の耐性や、時代の流れに沿った端末操作(PC操作や創作)に慣れて欲しいし、同時に旬な時期に部活動で青春を謳歌して気力や精神面を健全に育んで欲しいと願う。

感情的&短絡的に我慢出来ず退学し、中卒での就職が社会経験や人間関係のベースにどれだけビハインドになるか…俺は身近な親である暴君親父、そしてブラック就労時代やアルバイト時代に吐いて捨てる程、この目で見て来た。

大半が人生を息苦しくさせる程のコンプレックスを抱きつつ生きている人ばかり。

それ故に無駄なプライドや虚勢を張る…そして余計に他者と摩擦がが起きて人間関係に苦労する。

だからこそ、学生時代に沢山失敗し、挫折も沢山すれば良い。
そんな時期に失敗や挫折を極端に恐れ、何も挑戦せず、安定志向を身に着けてしまうほど危険な事はない。

何せ現代は昔と違って凄まじく流動的で流れが速い。

それだけにパッシブスキル級に柔軟性と自己責任力を持つ事が実の所、自然と自由への道のりだったりする。

学生や若い子はじっくりと失敗を重ね、挫折を体験しつつ前進して欲しいと願います…で、ござる。(-人-)


(´・ω・`)つ  



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