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読書で人生は変わらんけど

興味の持ちようでは考え方自体が変わるのは事実。

                    2017年07月17日

ネットで[ 読書と格差 ]ってちょっくらサーチしてみた。
あんまり決定的なものは無かったと感じたわ。(#゚д゚) 、ペッ

実は前の記事[ 愚社蓄G君の伝説…ビアガーデンの思い出。]で友人とバカ話している時のネタが妙に引っかかって調べてみたの。

事の原因は『日頃何してんの?』という質問で[ 読書 ]の項目が挙がったから。

ちなみにメンツは俺を含め4人だったが3人とも俺のビジネスを表面上知っているヤツばかりで損得勘定無しの対等な付き合いだと言う事を先に提示しておく。

まぁ…皆、気の良い仲間ですわ。

その中で俺が『読書』って言ったら『お前…昔、ほとんど本なんぞ読んでなかっただろ〜。』って言われた。

俺もその時に気付いたのだが、そーいや成人するまで一切読んでいなかったなぁ…( ゚д゚)ポカーン

『いつから読むようになったの?』つーて興味津々で訊かれて流石に思い出すと確か…あの頃は社会人…というかリーマン稼業に嫌気が差し出した頃だと話した。

そーなのだ俺は金欲しさに飲食店を目指し出した頃から自己啓発本やビジネス本を読み出した記憶を思い出した。

それを話すと友人達は卑屈になる訳でもなく色々振り返って教えてくれたわ。

『俺も学生時代よりは社会人になって一層勉強らしい事をしなくなったなぁ…』
『うーん確かに…』
『家庭を持ってから尚更、仕事と家庭とで忙しくなったけどな…』
と3人3様。

『俺は家庭をもっても結局1人になって勉強もしてないけどな!』でドカンと笑いが起こったwww

その後この話はスグに終わったが話し込むとディープな内容になるから正直助かったわ。

ヘタを打つと他人の人生を否定しかねんからな。
流石にソレは避けたい。

人は基本的に自分のベストな選択の連続をしているので基本的に口を挟まぬようにしている。

まぁ…求められれば話すけど生きている世界や価値感が違えば他人の生き方をコントロールするなんぞ容易いものではない。

歳を取ってから、その辺りの割り切り&緩さを習得してから隠遁生活に拍車が掛かったのも大きな収穫と言える。


あくまで検索のシステム程度が人にとっては理想と言えよう。
何故ならスキル習得や自分改革というものは興味の延長が一番望ましいからだ。

コレは体験や経験上から解った結論である。
実際の所、強制的に何かを詰め込んでも確かにスキルが付くが実際には水平展開や応用には至らない。

まぁ…それでも習得したスキルや技術は何かの拍子で興味ある世界でたまたま必要になった時に花開く事も体験したのも事実だが、基本人間は興味の先の世界でしか爆発的な展開は中々難しいのは事実だろう。

話しは戻るけどココまで綴った内容も含めて以下を読んでくれ。

俺は確かに読書を勧めはするがあくまで興味という自己検索範囲での推薦をする。

結構な割合で保護者達や教育者達は手前勝手な部分や自己承認欲求や顕示欲求から世間体での傾向で物事を提示する。

職業柄なのか?それとも立場的なものなのか?…は俺の知る由ではないけど俺も散々若い頃に会社の年寄り連中から『新聞を読め!』とか『最近の若いもんは新聞すら読まんから世の中の事が解らんバカになる!』とか言われた。

だが冷静に時が経ってみると未だに俺は新聞を読まない。
しいて言うならスポーツ記事のゴシップ欄やアダルト欄をチラ見してケラケラ笑って楽しむ程度でしかない。

だが漫画やビジネス書、そして啓発本に関しては20代以降累計でも昔説教受けたオッサン共より1万倍以上遥かに多く文字媒体を読んでいる。

そのオッサン達をどうこう言うつもりはないが定年退職後、ごくたまーに見かけてもそんなに人生が変わった様には見えないし、向こうから話しかけられても全く話す内容が変わらない。

出てくる言葉は『お前、随分変わったなぁ…』って言葉が相手から出るのが大半だ。

俺はこの20年でなーんとなく解ったんだけど小学校や中学校で結構この類にバカにされた事を思い出した。

人は自分の行為にブランドの様な意味合いを付けるバカな習性がある。

ソレは自己顕示欲求や承認欲求の類。
細かい俺の実例を挙げるが、
俺も結構なネチネチ加減であるのは否めんからその部分は許してくれな。先に誤っておくわ。
                  (´TωT`)ゞ スマソ


例えば小学校で皆で釣りに行った時に釣り好きな友達にとある魚の種類(名前は忘れた)を問われて正直に『その魚…知らんわ。』って言ったらエラソーに友人は『この魚の名前を知らんって釣る資格ねーよ!』って大威張りされた事がある。

俺は不思議でならんかった。
何をするにも資格がいるのか?と思いながら子供ながら序列があるので黙っていたけど結果、俺のほうがビギナーズラックで釣れた数と量が多かったので友人は機嫌が悪かったのを良く覚えている。その理由を大人になるに連れて理解する事になる。


その他には別記事でも書いたけど探すのが面倒なので話しを進めるが俺は小学校時代がかなり経済的にも厳しい時だった。

何かの拍子に親父が滅多と行かない外食で回転寿司に行った際にその話しをたまたま友人にしたら、コレマタ大バカにされた事がある。

友人曰く『回転寿司なんか本当の寿司じゃねーわw』と。
俺は段々と自分と他人の格差をこの頃から強く感じた時代だったけど、改めて考えさせられた事件がこの後に起こる。

この友人?(この辺りから人を観察するようになった。多分用心する傾向が強くなったのだろうな。)が割とおしゃべりで人を見下す傾向があるのだがクラス中に面白話的に触れ回る。

俺は基本、その意味が理解出来なかったの。
何が面白いのかサッパリわからないのが本音。
怒りとか悔しいとか以前の問題で理由がマジでワケワカメ。

そんな時に林間学校のキャンプ行事があったの。
コレが不思議な事件で当時遠足とキャンプが一緒になったようなイベントだったのを覚えている。

特にキャンプで作るカレーは俺にとって大人数で食べる珍しい体験であり嬉しいばかりだったが本当に不思議だったのが日頃給食とかビックリマンチョコレートをシール目的に買い漁り、お菓子をドブに棄てるグルメ気取りのヤツ等が普段『あれは不味い!人間の喰うもんじゃねーよ!』とか言い放っているのに、この時ばかりは美味そうにカレーを口にしてた。

普段格差的なモノ言いが家から離れるとこのザマだ。

オマケに各自水筒を初日には持参しているんだけど半日もすれば皆水筒が空になる。

たまたま俺はバカみたいな大きな水筒だったので沢山お茶が余ってたんだが、夕刻頃に日頃散々上目目線のヤツ等でさえ『お茶をくれないか?たのむ。』って言って来たので素直に水筒を渡すと『俺も俺も』と集って来た。

背伸びした分…この時ばかりは滑稽に見えたが、今になって思うのがこの自己顕示欲求とか承認欲求の成せる愚行なのだろう。

そんな経緯も腐るほど体験&経験したから社会人になった時、対して出世もしていないオッサン共の威厳を大無視していた俺は基本嫌われていたのだろうなぁ…。

逆に職人さん達には不思議と好かれたのは多分俺が興味を持ってその技術や話す内容に身になるものがあったからだと思う。

よく同僚に『アレだけ堅物な人達によく話しかけられるな…』と言われたが当時は意味がサッパリ解らなかった。
今思えばコレが答えなのだろう。


他にもネタは尽きないが本を読んだからといって人生が変わる訳ではないが条件次第で人生が変わるのも事実だと言える。

意味が伝わってるだろうか?(´・ω・`)y-~

基本親や大人が強制的に何かをさせるというのは基本身に付かない。付いたとしても水平展開&応用には程遠く点が線に繋がる事は非常に確率的に少ないと考える。

だが当の本人が興味を持った部分であればコレが逆になる。
それが[ 独学力 ]というシステムだ。

こうなると当の本人は楽しみの世界で追求するので非常に多くの情報を自己学習&自己習得していく。

脳のニューロンはこの構造を非常に好んでいる。
仕方なくやらされる行為に伝達機能は極力最小のネットワークを築き上げ、好きな事や興味がある分野には凄まじい程の極限で最大のネットワークを脳内で構築して行く。

つまり老若男女問わず興味や習慣でさえ超えていく事にはある一定の方向性が伺えるという事になる。

俺がガキの自分に周囲の自己顕示欲求や承認欲求を追及するものもいれば周囲の世界から逸脱して自分の好きな事に没頭するものの違いは何なのか?…という部分にテーマが移る事がココまで読むと自然と進んで来るだろう。

そこには思い返すと幼少時期〜小学校〜中学校を通して保護者や家庭環境、そして社会情勢に巻き込まれた大人の背中を模倣した事が結構な確立で伺える。

たまたま俺の親は自分の事で精一杯の人だった為か超放任主義が幸いしてかは不明だが俺も自分の事で精一杯になった事でこの事実に気が付いた運びになるな。

端的に言えば親が勉強嫌いなヤツほど子供に強制する傾向が強い。

基本、親が勉強好き読書好きなら少なからず影響を受ける。

ちなみに俺の親父は勉強や読書が大の苦手分野だが俺に勉強や読書を勧めた事はただの1度もない。

俺は俺で20代に人生を長期的に視野に入れた時に限界と絶望感に苛まれて必要感から迫られて本を読んだのがそもそものキッカケではあるが、手に取ったビジネス本やら自己啓発系やらの内容が一途の望みを刺激したのかは今を以って不明だけどハマったのだろう。

興味が怒涛の如く沸いて人生を変えられる希望を持ち続けられたのが幸いした。

だから読書やネット情報としての読み物は目的から検索した方が有益になると確信するし、子供への興味を持たせるという方針を考えるのであれば人生と繋がる部分を探してあげるのが先決だと俺は考える。

俺の場合はかなり特殊な窮地から上手い具合に本で世界を繋げて視野を広げたから読書を勧めるが基本、興味なければその人には勧めない。

だからネット上で堂々と勧めるのは検索システムがあるが故の事なのでリアルでは一切口外もしないし余計な手助けはしないのはこの為だ。

人は基本的に求めているもの・深さ・範囲・方向性も他人からはコントロール出来ないし、するべきではない。

だからこのページを検索から訪れた人や定期的に熟読してくれる人へはゴイゴイお勧めしておくわ。

今回は以下の良書を勧めておく。
ちゅーより今回は勉強嫌いの人には考えるという深さを学ぶという意味でとても良いものがある。
コレなら読む必要がない。

何故ならDVDだからwww
         ↓
(´・ω・`)つ

コレは良い悪いという倫理感ではなく人の枠…個人個人の考えを深める面白い内容だ。

俺はコレを小学校高学年〜中学校〜高校の子達に道徳系授業で使って欲しい位に勧めたい。

理解力や方針を含め、己の中にある考え方をもっと深くするもっとも面白みのあるものだと超勧めておくよ。

読書を興味から勧める理由が掴めると考えるわ。
過去俺に『新聞を読め!』と怒鳴ったオッサン共とは間逆の意味が解るだろう。

社会情勢や常識なんぞ単なる無能者の総体でしかない。
一番大事なのはそれが何を意味しているのかを熟考する事が自分の身を助け昇華して行く事に繋がると考えるべきじゃねーのかと…エラソーに言ってミターリ。(´・ω・`;)ゞ スマソ


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